
2009年09月30日
本島へお引越し
11月から実質ギャラリーアルテの機能を本島へ移すことに決まりました。
10月3日からはじまります復元フォトモ「丸亀あらたし商店街」の展覧会 10月は丸亀浜町のギャラリーアルテにて開催。
徐々にアルテの機能を移して、11月は本島にて開催します。
その他展覧会も本島笠島地区にて開催する予定です。そこでまず ご参加くださーい
申し込み ギャラリーアルテ・梅谷まで
0877-21-5604 またへメールでご連絡ください。
旗日である、10月11日(日)12日(月)一泊2日の予定で
本島笠島地区の民宿に滞在し、屋号「あたらしや」の清掃、庭木の剪定、草抜きなどを行います。
夜は民宿にて、今後の相談。
宿泊費 10名参加で2000円+材料費+飲み物代 計3500円の予定です。
旅費 フェリー代往復1010円 バス代往復400円 計1410円
バスを使わず徒歩となるかも
港から笠島地区まで徒歩15分です。
集合はアルテに9時半
港まで徒歩で10分、途中で食材などの買い物をして港へ行く
フェリー時刻表 本島汽船 0877‐22‐2782 片道530円、往復1,010円
丸亀発 ― 本島着 ☆は高速艇(所要時間20分) フェリー(所要時間35分)
6:10 ― 6:45
7:40 ― 8:15
10:40 ― 11:15
12:10 ― 12:30☆
15:30 ― 16:05
16:30 ― 16:50☆
18:00 ― 18:35
20:00 ― 20:20☆
本島発 ― 丸亀着
6:50 ― 7:20
8:30 ― 8:50☆
9:40 ― 10:10
12:35 ― 13:05
14:15 ― 14:35☆
17:10 ― 17:40
18:50 ― 19:20
19:30 ― 19:50☆
コミュニティバス
本島港⇒笠島⇒港
8:00 ⇒8:07 ⇒8:23
9:10 ⇒9:17 ⇒9:33
11:50⇒11:57⇒12:13
13:45⇒13:52⇒14:08
16:37⇒16:44⇒17:00
丸亀市役所生活課
TEL:0877‐24‐8809
10月3日からはじまります復元フォトモ「丸亀あらたし商店街」の展覧会 10月は丸亀浜町のギャラリーアルテにて開催。
徐々にアルテの機能を移して、11月は本島にて開催します。
その他展覧会も本島笠島地区にて開催する予定です。そこでまず ご参加くださーい
申し込み ギャラリーアルテ・梅谷まで
0877-21-5604 またへメールでご連絡ください。
旗日である、10月11日(日)12日(月)一泊2日の予定で
本島笠島地区の民宿に滞在し、屋号「あたらしや」の清掃、庭木の剪定、草抜きなどを行います。
夜は民宿にて、今後の相談。
宿泊費 10名参加で2000円+材料費+飲み物代 計3500円の予定です。
旅費 フェリー代往復1010円 バス代往復400円 計1410円
バスを使わず徒歩となるかも
港から笠島地区まで徒歩15分です。
集合はアルテに9時半
港まで徒歩で10分、途中で食材などの買い物をして港へ行く
フェリー時刻表 本島汽船 0877‐22‐2782 片道530円、往復1,010円
丸亀発 ― 本島着 ☆は高速艇(所要時間20分) フェリー(所要時間35分)
6:10 ― 6:45
7:40 ― 8:15
10:40 ― 11:15
12:10 ― 12:30☆
15:30 ― 16:05
16:30 ― 16:50☆
18:00 ― 18:35
20:00 ― 20:20☆
本島発 ― 丸亀着
6:50 ― 7:20
8:30 ― 8:50☆
9:40 ― 10:10
12:35 ― 13:05
14:15 ― 14:35☆
17:10 ― 17:40
18:50 ― 19:20
19:30 ― 19:50☆
コミュニティバス
本島港⇒笠島⇒港
8:00 ⇒8:07 ⇒8:23
9:10 ⇒9:17 ⇒9:33
11:50⇒11:57⇒12:13
13:45⇒13:52⇒14:08
16:37⇒16:44⇒17:00
丸亀市役所生活課
TEL:0877‐24‐8809
タグ :本島
2009年09月24日
あやしい日本人・・白洲次郎(加筆1)

やっぱりあやしい白洲次郎・正子。
NHKで3日連続で白洲次郎のドラマが放映された。
興味本位だけだったけど、まきちゃんちで見せてもらった。
最近やたら白州次郎って持ち上げられてるけど、
見た目のよさでこの持ち上げ方は。よくないですよ。
下山事件についてはほんの少し匂わせていたけど
なんだか、カメラワークと役者の熱演は見ごたえがあったがそれだけ。
言えないことが多いためか、あれって話が途切れたり、場面が変ったり
要するに、筋立てがなくて、かっこよさばっかり強調したもの。
いかがわしい人物の実話をモデルにするなら、
CIAのエージェントだった白洲次郎のこと、もっとちゃんと語って欲しかった。
だったら、戦争を知らない若者が!
婦人雑誌で白洲正子のスタイルだけ受け売りするおばちゃんが!
日本の戦後をもっと知ることができるはずだったのに・・。
戦前を知る人々は白洲次郎というと
フィクサーとして、知っている人が多いようです。
アメリカから機密事項も公開されてゆくでしょう。
戦争に負けた日本の影を見ること、その本当の姿は影を見ないとわからないことが多いのでしょう。
白洲次郎とは何者だったか
についてはこの方のブログが参考になるかもしれません。
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50261712.html
祥伝社 (2005/07) から下山事件についてこんな本が出されている。
孫にあたる著者が祖父が犯人ではなかったかという内容まずは読んでみよう。
下山事件と白洲次郎と三菱財閥の関係も
『下山事件―最後の証言』柴田 哲孝 (著)
ISBN-10: 4396632525
ISBN-13: 978-4396632526
2009年09月22日
ハンナ・ア-レントを読む
ハンナ・アレントの思想。
20世紀の特質という5つの世界危機。
(1)戦争と革命による危機。それにともなう独裁とファシズムの危機。
(2)大衆社会という危機。すなわち他人に倣った言動をしてしまうという危機。
(3)消費することだけが文化になっていく危機。何もかも捨てようとする「保存の意志を失った人間生活」の危機。
(4)世界とは何かということを深く理解しようとしない危機。
世界そのものからも疎外されているという世界疎外の危機。
(5)人間として何かを作り出し、何かを考え出す基本がわからなくなっているという危機。
アレントは「労働」「仕事」「活動」、およびそれらの源泉となる「思考」を原点に戻しなさい、それが「人間の条件」なのではないかと問う。
この場合の「労働」とは、原材料以外に買い物をせずに人間が何かを生み出すための労働をいう。
できれば野菜を作りたい、そうでなくとも野菜を入手したらその先は自分で料理をしたい、
いま私たちの多くは、労働の対価として得たお金によって、食も着飾るための衣服も教養も
退屈も時には愛を得ている。
野菜は誰かが作ったものをスーパーで買い求める。
または誰かが作ったレトルト食品で腹と生を満たす。
とりあえず、お金があれば、欲しいものと交換することができる。
それが前提の日々の営み。
私はその光景が不思議に映るようになっているのです。
本島の暮らしに近づいたからでしょう。
暮らすことを考えると、食べ物を生み出さないといけないという事実に直面したからでしょう。
アーレントはいう。
「仕事」は、自分の考えを自分で生み出すことをいう。と・・・
言葉でも絵画でもよいが、自分が時間をかけたことが世界に何らかのはたらきかけになることをいう。
ホモ・ファーベル(工作人間)として仕事に徹すること。
「活動」は自分がそのことにかかわっていることが何らかのかたちで外部化されていくことをいう。
例としての笛吹き・・・笛を吹いているあいだだけが活動であるような、
そのような活動をもっと徹底して自身の体で認識すべきだと言っている。
食べるための野菜をつくること。
精神が生きいきとするための創造。
人の根底にあった、感覚を目覚めよ。
これは先祖がえりでなはく、集団で眼をそらしていた事実を見つめることになるのだと思う。
お金があるだけでは生きては行けないのですよ。
野菜も、衣装も、その他のものも誰かが作ってくれるから、お金と交換してくれるから
お金を稼げばよかっただけなのです。
野菜を魚を肉を食べるとき、育ててくれた人のことを思ったことがあっただろうか?
なかった。
これまでまったくなかった。
人の愛や努力に無関心だった私。
・・・・。
新しいということ 警戒せよ。
20世紀の特質という5つの世界危機。
(1)戦争と革命による危機。それにともなう独裁とファシズムの危機。
(2)大衆社会という危機。すなわち他人に倣った言動をしてしまうという危機。
(3)消費することだけが文化になっていく危機。何もかも捨てようとする「保存の意志を失った人間生活」の危機。
(4)世界とは何かということを深く理解しようとしない危機。
世界そのものからも疎外されているという世界疎外の危機。
(5)人間として何かを作り出し、何かを考え出す基本がわからなくなっているという危機。
アレントは「労働」「仕事」「活動」、およびそれらの源泉となる「思考」を原点に戻しなさい、それが「人間の条件」なのではないかと問う。
この場合の「労働」とは、原材料以外に買い物をせずに人間が何かを生み出すための労働をいう。
できれば野菜を作りたい、そうでなくとも野菜を入手したらその先は自分で料理をしたい、
いま私たちの多くは、労働の対価として得たお金によって、食も着飾るための衣服も教養も
退屈も時には愛を得ている。
野菜は誰かが作ったものをスーパーで買い求める。
または誰かが作ったレトルト食品で腹と生を満たす。
とりあえず、お金があれば、欲しいものと交換することができる。
それが前提の日々の営み。
私はその光景が不思議に映るようになっているのです。
本島の暮らしに近づいたからでしょう。
暮らすことを考えると、食べ物を生み出さないといけないという事実に直面したからでしょう。
アーレントはいう。
「仕事」は、自分の考えを自分で生み出すことをいう。と・・・
言葉でも絵画でもよいが、自分が時間をかけたことが世界に何らかのはたらきかけになることをいう。
ホモ・ファーベル(工作人間)として仕事に徹すること。
「活動」は自分がそのことにかかわっていることが何らかのかたちで外部化されていくことをいう。
例としての笛吹き・・・笛を吹いているあいだだけが活動であるような、
そのような活動をもっと徹底して自身の体で認識すべきだと言っている。
食べるための野菜をつくること。
精神が生きいきとするための創造。
人の根底にあった、感覚を目覚めよ。
これは先祖がえりでなはく、集団で眼をそらしていた事実を見つめることになるのだと思う。
お金があるだけでは生きては行けないのですよ。
野菜も、衣装も、その他のものも誰かが作ってくれるから、お金と交換してくれるから
お金を稼げばよかっただけなのです。
野菜を魚を肉を食べるとき、育ててくれた人のことを思ったことがあっただろうか?
なかった。
これまでまったくなかった。
人の愛や努力に無関心だった私。
・・・・。
新しいということ 警戒せよ。
2009年09月22日
本島が瀬戸内アート特集に
J-Bスタイルという【旅の情報誌】10-11月号の見本誌が届きました。
特集記事 『瀬戸内 旅とアートが融けあうところ』として、
直島・本島・高松・琴平が紹介されています。
直島は、もちろんベネッセアートサイト・・・
高松はジョージ・ナカシマ記念館、琴平は金刀比羅宮のアートプロジェクト関連です。
本島は、私たちの活動に眼を留めてくださったのです。
島に私たちの本格的な活動拠点を得ることが出来たきっかけは、この紙面の取材からだったのです。
JTBパブリシングの廣井さま始めスタッフの皆様が、機縁となったのです。
なんという めぐりあわせなのでしょう!!
奇縁とも思えるめぐり合わせ・・・秋の風を感じながら、こもごも想いは巡ります。
島の方たちは、私たちが新たな形で関ることをとても喜びまた期待してくださっています。
期待を意識しすぎては身動きできなくなるので、自分との闘いでもあります。
**********
J‐Bスタイルは、JCBカード会員向けの旅の情報誌ですので
JCBカード会員の方には配布されるのではないでしょうか。
Webサイトもありました。
http://www.jcbtravel.co.jp/jb/backnumber/0908index.html
http://www.jcbtravel.co.jp/jb/index.html
機会がありましたら、ご覧くださいね。
特集記事 『瀬戸内 旅とアートが融けあうところ』として、
直島・本島・高松・琴平が紹介されています。
直島は、もちろんベネッセアートサイト・・・
高松はジョージ・ナカシマ記念館、琴平は金刀比羅宮のアートプロジェクト関連です。
本島は、私たちの活動に眼を留めてくださったのです。
島に私たちの本格的な活動拠点を得ることが出来たきっかけは、この紙面の取材からだったのです。
JTBパブリシングの廣井さま始めスタッフの皆様が、機縁となったのです。
なんという めぐりあわせなのでしょう!!
奇縁とも思えるめぐり合わせ・・・秋の風を感じながら、こもごも想いは巡ります。
島の方たちは、私たちが新たな形で関ることをとても喜びまた期待してくださっています。
期待を意識しすぎては身動きできなくなるので、自分との闘いでもあります。
**********
J‐Bスタイルは、JCBカード会員向けの旅の情報誌ですので
JCBカード会員の方には配布されるのではないでしょうか。
Webサイトもありました。
http://www.jcbtravel.co.jp/jb/backnumber/0908index.html
http://www.jcbtravel.co.jp/jb/index.html
機会がありましたら、ご覧くださいね。
2009年09月17日
壁の補修中
9月は展示をお休みにしていますが、なにかと忙しくて
ちょっと疲れ気味。
◆昨日は、宇多津にある香川短期大学の佐藤先生を本島へご案内しました。
高島さんと妹尾さんが待っていてくれて、使う予定の家を再度調査。
高島さんもう屋号を決めていて、私たちがなにかする場所は
「あたらしや」というそうです。
もともとこの家はあたらしやという屋号の家だそうです。
おのおの屋号があって、笠島の人々は屋号で言うほうが
わかりやすいのだとか。。なるほど。
伊吹島も屋号がありました。他の島もそうなのかしら。
◆斉藤ちさと作品「月島のビル群」が届きました。
これは彦坂尚嘉さんの気体分子ギャラリーで2回目の記念すべき展覧会に
出品されたものです。買いました。
◆21日本島へまた行きます。代理人の方との打ち合わせのためです。
◆明日から連休中は、アルテの壁の補修をして、復元フォトモの準備を行います。
アトリエもお掃除しよう。
ちょっと疲れ気味。
◆昨日は、宇多津にある香川短期大学の佐藤先生を本島へご案内しました。
高島さんと妹尾さんが待っていてくれて、使う予定の家を再度調査。
高島さんもう屋号を決めていて、私たちがなにかする場所は
「あたらしや」というそうです。
もともとこの家はあたらしやという屋号の家だそうです。
おのおの屋号があって、笠島の人々は屋号で言うほうが
わかりやすいのだとか。。なるほど。
伊吹島も屋号がありました。他の島もそうなのかしら。
◆斉藤ちさと作品「月島のビル群」が届きました。
これは彦坂尚嘉さんの気体分子ギャラリーで2回目の記念すべき展覧会に
出品されたものです。買いました。
◆21日本島へまた行きます。代理人の方との打ち合わせのためです。
◆明日から連休中は、アルテの壁の補修をして、復元フォトモの準備を行います。
アトリエもお掃除しよう。
2009年09月16日
丸亀あらたし文化商店街

糸崎公朗さんの復元フォトモが届きました。
会期 2009年10月3日-11月24日
会場 丸亀浜町にあるギャラリーアルテ他で開催
展覧会名
『復元フォトモ 丸亀あらたし文化商店街』にてご覧いただきます。
写真は昭和34年ごろの 西平山郵便局のフォトモ
写真提供は 長岡まき子さん

これは元画像

昭和40年代の 丸亀本町商店街
写真提供は 玉屋写真店さん
本展『丸亀あらたし商店街』とは
写真を立体的に組み立てて3次元化するフォトモ(フォト+モデル)で知られる糸崎公郎が、丸亀の昔の写真をもとに、復元フォトモの手法でかつての町の風景や人を再現します。
展覧会タイトルの「あらたし」とは、日本語の「新しい」の本来の語形です。「あらたむ(改む)」「改める」と同義で用いられ、「惜しい」「もったいない」という意味も含んでいます。明治・大正・昭和期の丸亀のスナップ写真から町並みを立体的に復元することで、かつての暮らしを思い起こしてください。
糸崎公朗(いとざき きみお)は1965年長野市に生まれ。非人称芸術のコンセプトを提唱し、ツギラマ、フォトモ、2コマ写真、デジワイドなど、写真を素材とした独自の着想による作品を制作しています。東京を中心に、個展、グループ展を開催。特に2000年以降は毎年多くの展覧会を開催しているほか、書籍の発表、科学誌、写真誌での連載、講演やワークショップなど、多岐に渡る積極的な活動を展開する注目のアーティストです。2008年12月「こんぴらアート2008」に参加し、以来香川県内の各所で撮影をしています。
2009年09月15日
レジデンス場所


日差しが強かったので、陰になっていますが、
写真向かって左は、本島笠島地区にあるレジデンスの場所となる建物です。
屋根付の木製の門があります。白壁がきれいですね。
水周りは全て新に改装されていました。
家主は、大阪にお住まいで、ここには戻っていらっしゃらないとか、私物がなにもありませんでした。
今回、自治会長の高島昭夫さんが、私たちが滞在する場所として、どうかと提示してくださったのです。
東所どおりにあり、まっすぐ見える建物が保存センターです。マッチョどおりまで歩いても200mくらい?
すっかりここが気に入りました。
早速、数人と夢を膨らませています。
まず菜園づくりのこと。アートを(で)耕す。。「かわいくて、カラフルな畑づくり」
カラフルなブロックで畑の区画をつくるとか。
最近、農機具も小型のおしゃれな農機具があるそうです。
地下足袋や軍手や野良着など、洋服のデザインは楽しく、手作りでつくることにしました。
私、これでもお裁縫の腕は大したものなのです。
おままごとの世界ですが、只今メンバーはわくわくしています。
夢が膨らんだようです。いいことですね。
明日が楽しみであることは。。
2009年09月10日
ヤンキー文化論
地域に根ざした伝統的な「祭(まつり)」とは、宗教的儀式だった。
もともと伝統的に決まった日に、地域の人々が、神社境内など決まった場所で、伝統的な一定の約束事に従って演じる。
国家や個々人の家の繁栄、稲など農作物の豊作、先祖の霊の平安などの種々の祈りを込めて上演されるものだ。
地域の人々の願いを込めて演じられる民俗芸能は、一方で魅力的な芸能でもあり、
近年では特に全国各地から大勢の観客を集める祭も多い。
さらに、近年、芸能としての魅力に着目して、新しい形式に整えられた民俗芸能も各地にある。
例えば見物席を特設し、その前に次々と踊り集団が登場して踊りを披露するようになった阿波踊り
や富山のおわら風の盆などが有名である。
一方によさこい系といわれる踊りのイベントがある。
よさこい踊りは、1954年(昭和29年)、徳島の阿波踊りに対抗する形で、高知商工会議所有志により開催されたのが
はじまりといわれる。楽曲の自由なアレンジを許し、その後色々なバリエーションを生んでいる。
各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、全国へ広がった。
市内の繁華街に数千人以上の踊り子が結集して開催されるため、通行止めで交通渋滞が生じ、
また商店によっては客が入らないことから、期間中は売り上げが落ちる等の問題も発生しているという声もある。
観客や踊り子の演舞以外のマナーの悪さも散見される。
交通渋滞・商店街の売り上げ低下・踊り子のマナーの悪さや金銭等のトラブルから、祭
りの公共性を疑問視して、個人が楽しむイベントと捉える厳しい意見もあると聞く。
丸亀婆沙羅祭りも、よさこい系の祭である。
五十嵐太郎さんが、編集した『ヤンキー文化論序説』という面白い本がある。
論者は、宮台真司、永江朗、酒井順子、都築響一、 近田春夫、暮沢剛巳
五十嵐太郎、飯田豊/南後由和/速水健朗/後藤和智/斎藤環
【特別掲載】ナンシー関 など。
詳しくは本を読んでいただきたいが、ヤンキーは地域密着型という指摘。
ヤンキー的なるものとよさこい系の祭の担い手が背景を同じにしているということ
「成熟と洗練の拒否」「体制への反抗・地域への順応」
五十嵐さんによると「民衆のゴシック」であるヤンキーだそうであるが、
彼(彼女ら)は実は日本のサイレントマジョリティなのである。
日本文化の底流に流れる不良的な要素を大衆は愛する。
日本の人口の5割がヤンキー的なものに惹かれるとすると、
確かに市民の一部が顔をしかめようが、家族を失って初盆を迎えて
しんみりしていようが、おかまいなく騒乱の日常の中で過ごすことになる。
本来祭りとは、生活の場ではない場所で、非日常な数日を過ごすことだった。
様々な事情をもつ人々が選択できる場で行われた祭である。
高知のよさこいや丸亀婆沙羅祭のように、おじいさんをなくして静かに過ごしたくても
街中に住んでいる限りは、騒音に身をさらして過ごさなければならない。
普段は静かな町が、この日は騒々しくけばけばしい衣装の集団がとおりにあふれ、
通行ひとつもままならない。
地域の人々への配慮の欠ける祭が地域の祭であるはずがない。
もともと伝統的に決まった日に、地域の人々が、神社境内など決まった場所で、伝統的な一定の約束事に従って演じる。
国家や個々人の家の繁栄、稲など農作物の豊作、先祖の霊の平安などの種々の祈りを込めて上演されるものだ。
地域の人々の願いを込めて演じられる民俗芸能は、一方で魅力的な芸能でもあり、
近年では特に全国各地から大勢の観客を集める祭も多い。
さらに、近年、芸能としての魅力に着目して、新しい形式に整えられた民俗芸能も各地にある。
例えば見物席を特設し、その前に次々と踊り集団が登場して踊りを披露するようになった阿波踊り
や富山のおわら風の盆などが有名である。
一方によさこい系といわれる踊りのイベントがある。
よさこい踊りは、1954年(昭和29年)、徳島の阿波踊りに対抗する形で、高知商工会議所有志により開催されたのが
はじまりといわれる。楽曲の自由なアレンジを許し、その後色々なバリエーションを生んでいる。
各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、全国へ広がった。
市内の繁華街に数千人以上の踊り子が結集して開催されるため、通行止めで交通渋滞が生じ、
また商店によっては客が入らないことから、期間中は売り上げが落ちる等の問題も発生しているという声もある。
観客や踊り子の演舞以外のマナーの悪さも散見される。
交通渋滞・商店街の売り上げ低下・踊り子のマナーの悪さや金銭等のトラブルから、祭
りの公共性を疑問視して、個人が楽しむイベントと捉える厳しい意見もあると聞く。
丸亀婆沙羅祭りも、よさこい系の祭である。
五十嵐太郎さんが、編集した『ヤンキー文化論序説』という面白い本がある。
論者は、宮台真司、永江朗、酒井順子、都築響一、 近田春夫、暮沢剛巳
五十嵐太郎、飯田豊/南後由和/速水健朗/後藤和智/斎藤環
【特別掲載】ナンシー関 など。
詳しくは本を読んでいただきたいが、ヤンキーは地域密着型という指摘。
ヤンキー的なるものとよさこい系の祭の担い手が背景を同じにしているということ
「成熟と洗練の拒否」「体制への反抗・地域への順応」
五十嵐さんによると「民衆のゴシック」であるヤンキーだそうであるが、
彼(彼女ら)は実は日本のサイレントマジョリティなのである。
日本文化の底流に流れる不良的な要素を大衆は愛する。
日本の人口の5割がヤンキー的なものに惹かれるとすると、
確かに市民の一部が顔をしかめようが、家族を失って初盆を迎えて
しんみりしていようが、おかまいなく騒乱の日常の中で過ごすことになる。
本来祭りとは、生活の場ではない場所で、非日常な数日を過ごすことだった。
様々な事情をもつ人々が選択できる場で行われた祭である。
高知のよさこいや丸亀婆沙羅祭のように、おじいさんをなくして静かに過ごしたくても
街中に住んでいる限りは、騒音に身をさらして過ごさなければならない。
普段は静かな町が、この日は騒々しくけばけばしい衣装の集団がとおりにあふれ、
通行ひとつもままならない。
地域の人々への配慮の欠ける祭が地域の祭であるはずがない。
2009年09月06日
越後と瀬戸内
戻って記憶の残滓に強く蘇るものは
深い山野のみどりと棚田の稲穂のみどりです。
広大な土地の各所に点在するアート作品。
その一部しか見ることができないという仕掛け。
大味の作品が多いと思いますが、膨大な量で圧倒される仕掛け。
ハヤマ荘の夕食と通じる、量でなんとなく満腹感を感じさせられる
仕掛け。うまいです。
時間の経過の中で作品群は淘汰されて行くのでしょうが、
それでもプロデューサーの上手さ凄さを感じました。
・点在させる規模
・全てをすぐには把握させない、みせてしまわない手法。
・その一方で、作品を探しながら、里山や地域の人々の暮らしの
風景を周回させ、来訪者をいきなり里山の暮らしを体感させている。
多く考えさせられています。
行ってみないと、わからない、感じないことでした。
再び訪れたいと思っています。
事故もなく、旅を終えることができました。
彦坂尚嘉さま、同行の皆様 お疲れ様でした。
ありがとうございました。
一方で、30日に日本の政治が大きく動きました。
閉塞感が蔓延する中で、時代が動く兆しを感じさせる
明るさがある出来事でした。
今からが、混乱の始まりなのかもしれませんが、
新しい混乱です。
昨日という過去の延長線上にある未来ではないということですね。
時代の空気の変ったこと 感覚が先鋭なアーティストたちは体感しているはず。
それがどのような表現となってくるのか?
風邪で少し休養できています。
今から展覧会も新にしなければならないですね。
深い山野のみどりと棚田の稲穂のみどりです。
広大な土地の各所に点在するアート作品。
その一部しか見ることができないという仕掛け。
大味の作品が多いと思いますが、膨大な量で圧倒される仕掛け。
ハヤマ荘の夕食と通じる、量でなんとなく満腹感を感じさせられる
仕掛け。うまいです。
時間の経過の中で作品群は淘汰されて行くのでしょうが、
それでもプロデューサーの上手さ凄さを感じました。
・点在させる規模
・全てをすぐには把握させない、みせてしまわない手法。
・その一方で、作品を探しながら、里山や地域の人々の暮らしの
風景を周回させ、来訪者をいきなり里山の暮らしを体感させている。
多く考えさせられています。
行ってみないと、わからない、感じないことでした。
再び訪れたいと思っています。
事故もなく、旅を終えることができました。
彦坂尚嘉さま、同行の皆様 お疲れ様でした。
ありがとうございました。
一方で、30日に日本の政治が大きく動きました。
閉塞感が蔓延する中で、時代が動く兆しを感じさせる
明るさがある出来事でした。
今からが、混乱の始まりなのかもしれませんが、
新しい混乱です。
昨日という過去の延長線上にある未来ではないということですね。
時代の空気の変ったこと 感覚が先鋭なアーティストたちは体感しているはず。
それがどのような表現となってくるのか?
風邪で少し休養できています。
今から展覧会も新にしなければならないですね。
2009年09月05日
彦坂さんとの大地の芸術祭越後妻有ツァー
いろいろありまして、報告が遅くなっていました。
8月25日から新潟で開催されている『大地の祭典越後妻有』という国際展を見学に行っていました。
越後妻有(新潟県十日町市、津南町)と言われる、760平方キロメートルにおよぶ山と川と田園からなる広大な里山に点在している国内外の芸術家が作品を制作し展示している芸術祭です。
第一回から継続して参加されている彦坂尚嘉さんが計画されたツァーの呼びかけをいただいて、参加しました。
彦坂さんに案内されるという贅沢なアート鑑賞旅行でした。
四国からの参加は私とまきちゃん。丸亀からだと新潟へ入るのにほぼ一日かがり。
◆25日朝9時に丸亀を出発して新幹線で東京へ
東京から上越新幹線に乗って、越後湯沢へ到着。
越後湯沢の駅で、今夜の宿の送迎バスを1時間ほど、待つことに・・・。
はじめての新潟。駅前に足湯とか、温泉の掲示板が目に付く。
ここは南魚沼郡。米どころ。
やがてバスが出発、乗っているのは私たちを含めて3人。
連なる連峰をバスは走ること1時間半。
5時半頃、ようやく今夜の宿ニューグリンピア津南に到着、高原にあるリゾートホテルだった。

広いこと、敷地にゴルフ場やスキー場、釣堀、プール、卓球施設やボウリング施設もある。
やーーはじめてみる北陸の山並み、涼しい。。
明日から山歩きで大変だと思うから、今夜だけは温泉でゆっくりしようね!とほーっとして初日は過ごしました。
◆翌26日・東京から彦坂さんたちが10時ごろ田麦へ入るので、
田代生活改善センターまでタクシーで行ってひたすら到着するのを待つ。
山の中、いたるところに青々とした棚田。わき道から水がとうとうと流れている。
気持ちいいーー。
来ない。30分経過、来ない。。
携帯 圏外・・・
少し歩き回る。携帯3本たった。
彦坂さんから連絡、1時間ほどのんびりまって、ようやく合流できました。
まずは山道を10分ほど歩いて七ツ釜のアングラハムの作品から

車で移動しながら、カサグランデ&リンターラ建築事務所 ポチョンキン
リチャード・ウイルソン

山本想太郎(119東田沢)と行武治美(31 当間高原リゾート) を見て、
昼食の そば屋/由屋で 「へぎそば」を食す。こしがある、そばだった。
28/ストームルームを鑑賞。10分くらいのインスタレーション作品。
印象的だった。
2時過ぎ 田麦地区の彦坂尚嘉作品


ここで、彦坂さんが「斉藤さんと撮影するから、後は梅谷さんが運転して、他の人と
廻ってください。」とのこと。「えーーっ。」険しい山道、しかもガードレールがない!
対向車がきたときバックできないよーーー。しぶしぶこわごわ廻りました。


21/ビリビジョカ
23/ゴームリー
24/石塚紗矢香 これもよかった。
1時間ほど巡って、再び 田麦彦坂尚嘉作品へ戻る。
ここで運転手交替。
19/加治瑞穂
18/大久保英治
47/杉浦久子
お酒を買いに行く。
ま・ともかく・というわけで今夜はハヤマ壮にて一泊。夜はライトアップされた作品鑑賞をと
再び彦坂作品へ。実はわたくし夜道は運転の自信がなく、その後はビールを飲んでいました。
彦坂さんが運転して、ライトアップした彦坂作品まで案内していただきました。
夜間鑑賞で山に登ったとき、
彦「あれ、しまったガソリンがない・・」
私「・・・。」
結局ガソリンを届けてもらうことになって、ミルキーウェイを探して星を眺めていました。
・・・・ドタバタの一日はこうしてふけて
他の人たちと深夜までのおしゃべりと宴会を過ごしました。
8月25日から新潟で開催されている『大地の祭典越後妻有』という国際展を見学に行っていました。
越後妻有(新潟県十日町市、津南町)と言われる、760平方キロメートルにおよぶ山と川と田園からなる広大な里山に点在している国内外の芸術家が作品を制作し展示している芸術祭です。
第一回から継続して参加されている彦坂尚嘉さんが計画されたツァーの呼びかけをいただいて、参加しました。
彦坂さんに案内されるという贅沢なアート鑑賞旅行でした。
四国からの参加は私とまきちゃん。丸亀からだと新潟へ入るのにほぼ一日かがり。
◆25日朝9時に丸亀を出発して新幹線で東京へ
東京から上越新幹線に乗って、越後湯沢へ到着。
越後湯沢の駅で、今夜の宿の送迎バスを1時間ほど、待つことに・・・。
はじめての新潟。駅前に足湯とか、温泉の掲示板が目に付く。
ここは南魚沼郡。米どころ。
やがてバスが出発、乗っているのは私たちを含めて3人。
連なる連峰をバスは走ること1時間半。
5時半頃、ようやく今夜の宿ニューグリンピア津南に到着、高原にあるリゾートホテルだった。

広いこと、敷地にゴルフ場やスキー場、釣堀、プール、卓球施設やボウリング施設もある。
やーーはじめてみる北陸の山並み、涼しい。。
明日から山歩きで大変だと思うから、今夜だけは温泉でゆっくりしようね!とほーっとして初日は過ごしました。
◆翌26日・東京から彦坂さんたちが10時ごろ田麦へ入るので、
田代生活改善センターまでタクシーで行ってひたすら到着するのを待つ。
山の中、いたるところに青々とした棚田。わき道から水がとうとうと流れている。
気持ちいいーー。
来ない。30分経過、来ない。。
携帯 圏外・・・
少し歩き回る。携帯3本たった。
彦坂さんから連絡、1時間ほどのんびりまって、ようやく合流できました。
まずは山道を10分ほど歩いて七ツ釜のアングラハムの作品から

車で移動しながら、カサグランデ&リンターラ建築事務所 ポチョンキン
リチャード・ウイルソン

山本想太郎(119東田沢)と行武治美(31 当間高原リゾート) を見て、
昼食の そば屋/由屋で 「へぎそば」を食す。こしがある、そばだった。
28/ストームルームを鑑賞。10分くらいのインスタレーション作品。
印象的だった。
2時過ぎ 田麦地区の彦坂尚嘉作品


ここで、彦坂さんが「斉藤さんと撮影するから、後は梅谷さんが運転して、他の人と
廻ってください。」とのこと。「えーーっ。」険しい山道、しかもガードレールがない!
対向車がきたときバックできないよーーー。しぶしぶこわごわ廻りました。


21/ビリビジョカ
23/ゴームリー
24/石塚紗矢香 これもよかった。
1時間ほど巡って、再び 田麦彦坂尚嘉作品へ戻る。
ここで運転手交替。
19/加治瑞穂
18/大久保英治
47/杉浦久子
お酒を買いに行く。
ま・ともかく・というわけで今夜はハヤマ壮にて一泊。夜はライトアップされた作品鑑賞をと
再び彦坂作品へ。実はわたくし夜道は運転の自信がなく、その後はビールを飲んでいました。
彦坂さんが運転して、ライトアップした彦坂作品まで案内していただきました。
夜間鑑賞で山に登ったとき、
彦「あれ、しまったガソリンがない・・」
私「・・・。」
結局ガソリンを届けてもらうことになって、ミルキーウェイを探して星を眺めていました。
・・・・ドタバタの一日はこうしてふけて
他の人たちと深夜までのおしゃべりと宴会を過ごしました。
2009年09月05日
越後妻有ツァー つづき3日目

今回のツアーメンバーとの記念写真
丸山孝広さんと斉藤さん以外はお初の顔合わせでした。
旅館で合流した、丸山孝広さん(写真左)。
多摩美のデザイン科出身のイラストレーター彦坂さんとは大学時代の
同期だそうです。アートフェア東京2009にもお越しいただいて、一緒に
呑みました。9月に四国旅行の計画があって、アルテにもお立ち寄り
いただけそうです。
写真後列右から、
斉藤ちさとさん、今後アルテでも発表していただこうと考えるアーティストです。
気体分子ギャラリーの作家です。
長岡まき子さん、彦坂段「ARTEの守護霊のような怪人」だそうです。
私的には、まきちゃんは「古びた座敷童」のような人です。つまり縁起神です。
強烈な個性で、今回のメンバーの人気者となりました。
彦坂尚嘉さん、今回の発起人兼ツアコン。お疲れ様でした。
そして私ギャラリーARTEのオーナーです。
後列の左端の女性は、志村みづえさん。草月流の華道家です。
前列右からです。
日本画家の山本藍子さん。
西脇妙子さん。現在は東京に御住まいですが、新潟出身だそうです。
帰りは越後湯沢までご一緒しました。
四国でまたお会いしましょう。
栃原比比奈さん。多摩美出身の油彩画家。
深夜までいろいろおしゃべりできました。
というメンバーとその後さらにいろいろ見て周ります。
作品番号 191蓬平/いけばなの家へ行く道に迷ったりしながら
いろいろまわります。
十日町の農舞台で香川県知事 真鍋さんが北川フラムさんに案内されて県職員2名とおしのび?
かのような、アート視察に出くわしました。
こんにちはとご挨拶。その後ろを追うような形で駐車場へ向かうと
レンタカーを囲むように、斉藤さんや彦坂さんたちが立っているのが見える。
8人乗りのワンボックスカーなのですが、なんと後部ドアが開かなくなったのです。
以後は、助手席側のドアから入って、シートを跨いで出入りすることになりました。



結局ガソリンスタンドで見てもらって、ドアは開閉できるようになりました。ほっ。。
ここまでで12時半くらい。
作品番号 229「黎の家」で食事を取ることになりました。
ここは、彦坂さんと東京都市大学手塚貴晴研究室 とのコラボレーション 黎の家です。
彦坂さんのウッドペインティング(新作)が展示されたレストランとしてオープンしています。
オーナーは、岡山のイタリア料理店「レオー二」福武美津子さん。妹さんだそうです。
食事をしたかったのですが、帰りの列車の時間があって、私たちと西脇さんは、皆さんと
お別れしました。
たった一日半のアート鑑賞でしたが、やはり現地へ行ってこそ気づくことが多かった旅となりました。
2009年09月03日
つぎは・・・
バッグごとの盗難の余波はまだありますが、
別の財布 と かばんを持ってみると
実に軽い、この軽さは気持ちいいです。
携帯は、保険とポイントで新機種に機種交換できました。
携帯はいまやパソコンですね。ただの道具じゃないこと実感しました。
そのまま、蛸壺に入りたい気分なのに
大木裕之がいて、糸崎公朗がいて、さらに安倍安人さんで
彦坂尚嘉がいるアルテって凄いことになっていますね・・・・とは¥彦坂さん談。
メルトダウンですよ。溶解してる。きっと糸崎さんがキーだったんだ。
それでゲートが開いたのだと思いますよ。
ちょっと落ち込んでいるときに本島の高島さんから、レジデンシー用の家を見に来いという連絡をいただきました。
いまそれに対応するのは正直つらかったけれど、行きましたよ昨日。
10時40分のフェリーで本島へ行き、家を見せていただきました。
一気に明るい表情に戻ったと大木談。
いいです。ここを使用させていただけると、みんなとても喜ぶと思う。
民主党政権になった日、バッグが盗まれていろんな意味で切り替えができた。
さらに、インフル風邪の症状 。これを克服すると
もはや解脱ですな。。
本島については後日。
別の財布 と かばんを持ってみると
実に軽い、この軽さは気持ちいいです。
携帯は、保険とポイントで新機種に機種交換できました。
携帯はいまやパソコンですね。ただの道具じゃないこと実感しました。
そのまま、蛸壺に入りたい気分なのに
大木裕之がいて、糸崎公朗がいて、さらに安倍安人さんで
彦坂尚嘉がいるアルテって凄いことになっていますね・・・・とは¥彦坂さん談。
メルトダウンですよ。溶解してる。きっと糸崎さんがキーだったんだ。
それでゲートが開いたのだと思いますよ。
ちょっと落ち込んでいるときに本島の高島さんから、レジデンシー用の家を見に来いという連絡をいただきました。
いまそれに対応するのは正直つらかったけれど、行きましたよ昨日。
10時40分のフェリーで本島へ行き、家を見せていただきました。
一気に明るい表情に戻ったと大木談。
いいです。ここを使用させていただけると、みんなとても喜ぶと思う。
民主党政権になった日、バッグが盗まれていろんな意味で切り替えができた。
さらに、インフル風邪の症状 。これを克服すると
もはや解脱ですな。。
本島については後日。
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