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Posted by あしたさぬき.JP at

2009年05月25日

地域とアート2

いまの展覧会の対応に追われていました。更新できなくて、すみません。

さてその間につらつら考えていました。
アートは、人々の生活の中からうまれたものだったのに、なぜアートは非合理的なものだと多くの人は考えているのか。
その一方で、地域活性化にアートを取り入れる試みとは、何か?
現在の地域とアートの関り方は双方にとって好ましい関係をとることができているのだろうか?

現在の地域活性化という名目のアートイベントは、結局人集めだったり、アート鑑賞に訪れる人の移動による経済効果というものです。何事もお金によって、あるいは技術によって、豊かさを実現するという価値観は短絡的です。
そういった価値を修正することもアートが地域と関る意義のひとつだと考えています。それはすぐには理解されないことです。繰り返し語り、いじけずに行動を続けることしかないのです。

こんぴらアートの場合も、琴平でのアートプロジェクトの提案を続ける中で、琴平町出身の県議主催の勉強会に招かれ、説明し投げかけました。夢会議は、琴平町の観光戦略を語り合う県議の私的な会ということで、地元観光に関る業者の二代目及びオブザーバーとして香川県の担当者が参加した10数名程度の会でした。

その席で、『アートの観客は、知性・精神・感覚の優れた良質な人が多いこと。観光の質が変わることが必要であること。それを行うことによって、様々な観光コンテンツが要請され、整える必要にせまられ、その結果、質のよい街づくりに繫がるのではないかと、・・・・。』と繰り返し話しました。メンバーの中から、自分たちの会ではなにをやったらいいいのか具体的な案がない中で、いまこれをやろうという人がいるんだったら、これを自分たちの会でやったらいいのではないかと提案する人もいました。
なんだかよくわからんという意見もあったそうです。
そうこう繰り返す中で、事業資金は、四国経済産業局の持っている中小商業活性化支援補助金(中小商業活力向上支援事業)を使って実施する準備を行いました。そこで補助事業者として会のメンバーが名を連ねた琴平プロジェクト実行委員会が形づくられたのです。
助成金は、全事業経費の1/2。私は作家の参加費とチケット収入と記録集の協賛広告費が主な在源と考えました。時間がない中でプロデューサーとして資金作りが急務と感じていたので、アート展のキューレーションを手伝ってもらうために大阪のK氏に声をかけました。ただ現実はキューレション、広報、印刷物制作すべて私が行っている状態でなければまわらず、振り返ると全くこんな荒業をやっちゃったという感想です。
展覧会が終っても、それで完了ではありません。後片付けが残っています。それを終えてやっと完了、お疲れ様ですよね。
年が明けても、委託して預けたチケットはいくら販売していただけたのか、記録集の協賛広告がいくら集まったのか、夢会議から連絡ない状態で、2月になってこんぴらアートの報告会をと求められました。

梅谷:事業経費は誰が負担するのですか?作家と企画者だけが経費・労力を負担して、琴平の町おこしをやっていけとおっしゃるの?今年も継続しようというのであれば、地元の人々が形づくった受け皿は?目先の商いのことを考えるのもよく解りますが、アートは速攻力があるものではありません。それよりも時間の経過の中で長く価値が輝くものです。琴平町の孫子にいい環境を遺すために考えようとはしないのですか?
と話したところ

県議からの返答は、「みんな目先の商いのことで一杯で、そんなこと考えていないだろう。じゃあ今回は、意見が話しやすいように梅谷さんはでないでもらおう。。」というものでした。

町の声を代弁したように聞こえますが、これは県議の価値感なのだと感じました。

既に記者発表を行い実施した後で、琴平でのアートを本気でやるのかどうか実行委員会のメンバーに確認してみるという言葉に、苦笑

県議のブログに作家の労働に対してもありがとう。ご苦労様でしたと書かれていましたが、一体誰が誰の為に行ったことだと考えているのでしょうね。
領収書だけで助成申請でききるのではないか という意見に、ああーこの人は全く実務はしたことがない人なんだと解りました。

チラシの印刷制作についても、後援でなくて、記載だけの協賛として名前を書く必要があるのでしょうか?形だけ整えて中身がないことに違和感は持たないのでしょうか。きっとこんなことが、日常化しているのだろうと思います。
事業資金の負担は、梅谷が負担する、助成を受ける名目だけの委員会であるならば、チケット収入が財源になるのですから、
県や知事に無料で配布するなんておかしいことです。私は知事にも払ってもらってくださいと話したのですが、こういうことはまずは、配らないとということでした。実際は800名程度の来場だったそうですが、チケット売り上げは290人分でした。
最初はういろいろ不備はあって、採算は取れないものです。続けることが大切ですが、こういう人とは組めないと感じます。

これは助成を受けるためだけの実行委員会で、到底受け入れられない。国の資産をそんないい加減なことに使うなんて許せないと思いました。
実際係った経費はあり、誰かが責任を採らなければならないので、経済産業省の助成廃止手続きを行い、代表である私が、経費の支払いを行っています。

「汗をかく」とよく言われましたが、理想を語るのは誰でも出来ます。

人の真価は、いざというときにどういう態度が取れるのかということなのだと実感しました。

人の真価を見抜く目を利益の為に曇らせてはいけない。
失敗は成功の母ですが、琴平に参加した作家も、私にとっても確かに忘れられない記憶となるのでしょう。




  


Posted by ギャラリーアルテ at 13:42Comments(2)kotohira

2009年05月19日

地域とアート


美術館やギャラリーでない場所でのアートプロジェクトについて

香川県には、アルテのような形態で現代美術を専門に扱う画廊がありません。そこで、ギャラリー単位の活動だけではなかなか地域の人々との隔たりが埋まらない。そこでオルタナティブな(もう一つの)活動として地域とアートの関係を考えることにしたのです。これまでに、本島笠島地区=国の重要伝統的建造物群でのアーティスト・イン・レジデンスや琴平地区でのパイロット展を行いました。
いずれも継続のためには、地元の住民との協働が望まれるのですが、これがなかなか難しい。
そのことについて、数日に分けて、いくつか所見をお話ししたいと思います。

2006年『記憶の集積を創造の海へ~アーティスト・イン笠島』は、記憶に残るような活動で、作品など『もの』を遺したり、環境を恣意的に変えたりはしないことが基本コンセプトにありました。一方、2008年12月実施の『琴平プロジェクトこんぴらアート2008・虎丸社中』は、地域の住民に投げかけ、積極的にアート振興を図ることで、新たな町の資源としようではないかという試案でした。
面白いことにこのふたつは、全く異なる反響と結果を見出したのです。

異なる結果となった最大の要因は、地域性。
本気かどうかの違いです。
本島の島民人口は減少傾向にありましたが、その中で既に、島のお年寄りを中心としたNPOまち並保存会を形づくり、手作りの民宿事業などを実際に行っていました。

一方琴平町の場合は、母体となった勉強会が、こんぴらさんの門前町で観光業者の集まった、観光戦略会議というものでした。
つまり、地域のためということではなく、自分たちの商いの為に考えたり、行動しようというものだったのです。

プロジェクトを実施しようとする母体の地域住民の差は、結果と反響についても大きな違いをもたらしました。

まず記憶に新しい琴平でのプロジェクトについて
企画と提案はアルテが行いましたが、実行委員会は、地元県議が議長の町づくりを考える勉強会のメンバー名を連ねたものでした。地域活性化には「よそ者」「ばか者」「若者」を活用せよ、とよくいわれます。でも、間違った解釈をしている人が多いですね。この会もそうでした。「若者」とは積極的に活動に取り組む実動部隊のことなのです。年齢が若いということではないのです。もっと説明すると、前例にとらわれず、前向きに行動する人が必要だということです。住民が自立して、主体的に行動しない限り、町づくりは成功しません。どこかのシンクタンクに報告書を書かせたり、よそ者を講師に招いたりするだけでは地域は輝かないのですが、この勉強会は茶話会の域をどこまでも出ないもので、そこにまたまた余所者である私が、提案したプランにもの珍しさとひょっとしたらこれをきっかけに新しい観光になるのだろうか??どうかな??といったつまり直接的な欲望によって、後から振り返ると、名前だけの実行委員会が経済産業省の助成申請用に形作られたのでした。
まあ、ひどいもんです。なんだか解らないけど・・ということでも名前が連なって行ったのですから。ここで、もっと踏み込んだ議論になって、委員会がつくられるのなら、可能性があるということです。お人よしというか、適当というか、なんだか腑に落ちないから、反対意見も出ない雰囲気の中で、進んで行くのです。

日本的といえるのかもしれませんね。戦争責任の所在のなさ、いえ日本の無思想を改めて感じました。マネー資本主義ですね。私たちの提案するアートによる地域振興とは、そのマネー資本主義に真っ向から意義を唱えるものなのです。
そこで今回はパイロット展として、提案としての3日間のアート展を行うことになりました。
 「ばか者」とはいわゆるアイデアマンのことです。突拍子もないことを言って、周囲から異端児扱いされることもある。しかし、地元を心底愛しているその人物のアイデアに耳を傾ければ、誰も思い付かないような大胆な企画が生まれるときがあるのです。
琴平の場合、ここまではうまく運んだように感じていました。事実、実行委員会の名簿がつくられ、展覧会準備が進み、告知という際には、記者クラブの記者発表に席を連ねて、記者発表。うーーん。これも応援の範囲ということになりましょうか。。

続く
 
*「また行きたい」と思ってもらえないとね。
行政が観光宣伝に予算を投じても、受け入れた地域の接客、観光資源のアピール、ルートなど体制が整ってなければ観光客が、再び訪れるものではありません。こんぴら観光は、江戸時代からにぎわった観光地であり、今でもそのままで、つまり観光の形態が一見さんの町で、そういう意味では固体化していました。


  


Posted by ギャラリーアルテ at 18:54Comments(2)kotohira