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2011年05月25日

昨年の活動報告会

21日 発表無事終わった。

瀬戸内海の島々の状況はほぼ同じ問題を抱えること

改めて思う。高齢化過疎化

一方で、山間部は、このようなまなざしもなくもっと厳しいことと感じる。

その間に本島では、様々な変化が見られる。

それは決してよい方向ではない。

先日の町並み総会で、毎年開催されていた「笠島ふれあい祭り」を

中止にしようという動きがあったそうだ。

これはまだ経過を待たなければならない。

連合自治会長の交代。宮本孝さんに変り

髙島昭夫さん現在の笠島自治会長に交替したそうだ。

うーーん、兆し暗し。

 しかし、そんな本島の地域状況とは関りなく

アルテのお客様が訪ねてくださる。

やっと、落ち着いてきた。仕事を充実させて行くことだ。




  


2011年02月10日

私の家は、寺だったので、畳の部屋ばかりだった。

祖母の手伝いをしながら、畳を干したり、障子を張り替えるたびに

洗うのを手伝った思い出がある。夏休みはほとんど、障子の張替えに

1週間くらい、お手伝いをさせられた。本堂 書院 応接間 中の間

弟子部屋 いろいろあるから、結構大変。

毎年梅雨明けくらいに、虫干しといって 使用しない部屋の畳は

天日に干していた。

畳は、古くなって痛んでくると、表替えということが出来る。

もっと古くなると、畳そのものを新調して新にする。

障子は、障子紙を張替えすることで、清掃し、一新することが出来る。

今の住宅は、ビニールクロス張りの壁が多いから、清掃するか

張り替えるか、張替えとなると業者に依頼しないときれいに仕上がらないから

結構大事だ。床カーペットも同じ。

丈夫だが、畳を干したり、替えたり、障子を張り替えて

すーっと改まる気分がするのとは、かなり感覚に隔たりがある。

日本人のケガレの感覚は面白いもので

表面についたよごれ それは洗って落とせる。

ケガレを払うのは、表面のよごれを落とすという感覚だ。

かつての暮らし向きが、育んだ価値感。

現代の日本人には、体感できない感覚ではないだろうか?

畳のあるくらしを体感していない、都市の若者にありがちな想定できなかった過ち。

以下の手順を踏んでいたら、畳は助かったものもあると思う。畳のことを考えていない。

畳がかわいそうだ。本当に

◎畳がカビているのを発見した時は

まずお湯で固く絞った布で汚れを拭き、天日に干す。

なのに、そのままかさねて暗い倉庫に立てかけるとは・・。

しつこいようだけど、まちがっとる。

◎まず、誰かに報告してくれれば、年寄りは知恵があるから、教えてくれただろう。

幼いというか、全く結果が幼稚である。








  


2010年12月10日

一部のインスタレーションはご覧いただけます

松宮硝子さんの髙島八重美邸での展示は空間をうまく利用したインスタレーションで

建物内部を周遊させる構造になっていて、訪れた方口々に賞賛をいただいたものだった。

家主の都合で、この展示は11月28日をもって終了となったが、引き続きアルテversionは

ご覧いただける。八重美邸の作品も一部はアルテに移動させているので、ぜひご鑑賞下さい。

真木邸の安倍安人さんのインスタレーションも好評であり、これは年明け1月15日頃まで

展示を行う。記録集も出版されるとのことです。

山田健二さんの真木(まき)邸におけるインスタレーション 「作庭口訣」も年明けまで

ご鑑賞いただける。

竹紙制作に奮闘してくださった 柴田智明さんの髙島作業所における日本画の展示は

これも家主の作業所のため、終了した。

告知も不十分ながら、アンテナの高い方の来訪が多く、盛況の中終了できた。

12月に入っても来訪者が続き、第1週は相変わらずの人の出入りが続き

あわただしく、終日を終える。

ようやく寒さが厳しくなった5日以降 ひっっそりとした笠島の町並みとなり

ようやく、遅れていたウェッブの更新やら、今回のプロジェクトのアンケート集計など

雑務に取り掛かった。1月からの月ごとの来場者数は平均145名

プロジェクトが始まった7月から11月までの来場者数は887人

本島という離島でしかもマスメディアによる告知が行われなかったにしては

上出来といえよう。

自らが情報を選択して訪れた人々だった。

ある意味選別が出来て、今後に活かされると感じた。
  


2010年11月25日

AIR展覧会

海外からも含めて、展覧会を鑑賞しようと

笠島保存地区に様々な方が訪れてくださっています。

そのため、早朝から終日バタバタ・・物思いにふける余裕ももらえない有様。

アート鑑賞+咸臨丸ランチの予約が続いて、ブログの更新が出来ない状態が続く。

11月23日 ふれあい祭りも咸臨丸ランチを食べたいという方で

足の踏み場がない。。

助っ人 斜木さん、松本さん、千葉さん、まきちゃん という昨年のメンバーで

連携もよろしく、次々に6品の咸臨丸ランチをこなしてくださった。

冬Versionの 鮭と大根のクリーム煮 好評ですが、

大量につくるには、まだまだ開発途中。

結局食材があるだけで、41食完売。。

翌日も、アート鑑賞+ランチ パスタやピザでバッタバタ

本日も朝から咸臨丸ランチを希望されるかたの鑑賞者が続く。

一人だったので、お客さんまで手伝ってくださり、じゃがバター用のじゃがいもは

島の人が連携して、調達して持ってきてくださる。

島ならでは。。

展覧会を終える28日までアート鑑賞+caféはにぎわいそうです。

松宮硝子さんは、11月28日ごろ本島入りの予定。

島の子供たちとのワークショップ日程はいかに決まりました。

12月6日(月)本島小学校20名

会場 アルテ 

9時より11時ごろまで

1)竹紙で自分だけの架空の生き物を作ろう。

2)保存地区 伝建建物内のアート作品鑑賞 
  


2010年11月13日

咸臨丸ランチ

平日も「食とアートのプロジェクト~塩飽本島晴れに耕す。そしてアート」展の鑑賞に

島外から訪れていただいている。それに呼応して食事のほうもお客様が続く。

木曜日は一人だったので、早朝から忙しかった。土曜日まで食事とアート鑑賞のお客様が途切れず

疲労もピークに・・・。

鮭の手作りクリームパスタ、トマト&バジルのパスタ。手作りピザなどなど。

咸臨丸ランチは毎週のように予約が入っていて、7月から今日までで数えると125食作っていた。

11月23日のふれあい祭りには既に30食の予約をいただいている。当日は50食までは作る予定。

これはちょっと根性入れないと、乗り切れない。助っ人も3人は必要。

 食とアートのプロジェクト

A部門の計画には 畑での野菜づくり、そしてCafeのメニューの開発があった。

畑での野菜栽培は、初年度はすぐには成果が見出せそうになかったが、

試行錯誤の後、夏サポーターとして参加してくれた佐藤佳紀君が

毎朝6時ごろから、涼しい時間帯に荒れた畑を耕してくれたお蔭で、

一昨日、新に生えた雑草を取り除いてようやく、冬野菜を栽培する準備が出来た。

アルテの畑は、砂地と肥えた土の部分と2種類あるので、

砂地には、サツマイモやタマネギ

肥沃地には、スィートバジルや大根を植える。

夏 バッタに食べられつくしたと思われたスィートバジルは新芽が出て

青々とした葉を付けている。早速昨日のパスタに使用した。

採りたてのバジルの葉は瑞々しく、色も鮮やかだ。

そして、Cafeメニューの開発という部分は、ひらめきのような、偶然の産物、咸臨丸ランチになろう。

咸臨丸の水夫髙島清蔵の末裔の家が、アルテの建物。『咸臨丸洋行日録』から

ジョブス・ホテルにおける歓迎会の記録を抜粋して、アレンジして出来たのが咸臨丸ランチなのである。

・コーンポータージュスープ
・長ネギたっぷりのピリ辛肉飯
・じゃがバター
・季節のサラダ
・季節のメインディッシュ・・・只今は茄子とえびのスィートバジル炒め
美味しいと好評なのではあるが、季節の食材を使いたいので、冬バージョンを開発中。

 記録には なま鮭の煮タルモノ
        トリニク
        ダイコンノ千六本 などあるので

 大根と鮭のクリーム煮が有力かな?

同じくA部門・・・竹から紙を作る

 紙を制作するよりも紙づくりの環境を作り出すことが

本島の人が求めている土産物として発展できるのではと

試みたことであったのだが、思想が製作者と共有できなかったために

意図しない結果になっている。

これは、来年再チャレンジする。







  


2010年10月26日

やっとPCに向き合える

10月は、初旬から東京や北海道からの泊りがけの来島者が続き、

レジデンシーの成果発表の展覧会がはじまることもあって、休日が満足にとれないまま

追われていました。咸臨丸ランチも予約が続いて、朝6時おきで、10食、20食と準備

して気がつけば、10月も終わります。

今日は夕方から急に冷え込み、冬の到来を感じます。


  

2010年09月26日

島は肌寒くなりました

夏の暑さが思い出せないくらい、

寒くなり、衣替えをしました。

昨年の今頃はどうだったのか、思い出そうとするのですが

記憶が曖昧です。

10月10日の展覧会の準備のために、滞在していた作家二人が相次いでが東京へ戻りました。

松宮硝子さんは、滞在して制作に集中しています。

毎朝5時に起床、洗濯して、それから午後10時過ぎまで

アトリエである髙島八重美邸で制作します。

髙島邸は、外観の一部が船のように湾曲していて

ちょうど船の船首にあたる場所に井戸がある小部屋があります。

彼女はその部屋では作りこんだインスタレーションを試みています。

その他の部屋も照明器具と一体化したドークピープーが増殖しています。

咸臨丸150周年関連イベントも様々行われ

アルテで作っている咸臨丸ランチの予約も沢山いただいて

Cafeのほうでも追われています。

咸臨丸ランチは、この家が水夫として咸臨丸に乗ってアメリカに渡った髙島清蔵さん

ゆかりの家と伺ったので、記録を調べて、サンフランシスコについたとき

ジョブス・ホテルでの歓迎の食事の様子がありました。

レシピはないので、工夫していくつかをアレンジしてランチを作りました。

肉飯とカステラははずせません。ですからお手数ですが、予約をいただきたいのです。

髙島清蔵さん(笠島出身の咸臨丸の水夫)のお墓を近くの薬師堂へ探しに行きました。

発見しました。確かにありました。

そのひとつ置いて左隣に朱の入った髙島輝子さんの名前があるお墓がありました。

昭和20年に27歳で戦死されたご主人のお墓です。

確かに髙島輝子さんは、咸臨丸水夫だった髙島清蔵さんの子孫にあたるのだと思いました。
  


2010年09月20日

近況、しばたやんⅡ

今夜、うどん食べよう。
高松のダチ、沢田さん(60代女性)が送ってくれたうどん。
焼きうどんかな。
そのうどん、米屋が作っているということだが、ピカイチ美味いと思う。
ちなみに満腹のことを「お腹がおきた」というこの地域特有の言い回しは気に入っています。
先日は丸亀商店街の「きらく」の「ええぶん」のラーメンとキャベツの餃子でお腹がおきました。
また行きたいです。

「もう、やめなさい! はたらきすぎやー」
今日、近所のご婦人に言われました。
日が暮れ始め、夜通し制作かな、とアトリエに活き込んで移動するところでした。
明るい内、朝から、たしかに制作していました。それをその婦人は見ていたのでしょうか。

最近こんなことを行ってくれる人物は私の生活には登場しませんでした。
自分の過去の悪循環な、作品制作の泥沼、それはきっと働き過ぎによるものかもしれません。
やれるときは昼夜問わずモーレツ(?)に行動する、
それがアーティスト兼フリーターの常識でした。
僕の両親にしても、休憩はとれといえども、たいていの場合、顔を合わせれば
ケツを叩かれるか小言をいわれる、そんな家庭。

思えば学生のころにお付き合いしていただいた娘さんも、そういう風に
「働くことへの距離」を気づかってくれたように思う。
そんなときはいい仕事が出来てたと思う。

24時間のうちに占めるオフの時間は芸術家には重要なことなのかもしれない。
オフの質も大事なんだろうが。

働く時間にアウトプットされ、浪費されるものの内、オフの時間に補給できるマターがあるのだろう。
猫と遊ぶとか、猫と遊ぶとか猫とあそぶとか

そういう時間が大事にゃんだろう。


柴田  

2010年09月13日

近況、しばたやん

しばやんと呼ばれ始めました。

昨夜から強い風が吹いてます。
半野外の作業場でも僕の紙の作品が飛びまくったり破れまくったり、猫にかまれて穴が空いたりです。
朝は寒くなり、日照時間が極端に短くなったのを感じます。
視界が暗くなって野外の作業時間も早く切り上げ。
季節の変わり目です。長袖が欲しい。

溜池にヌートリアという
哺乳動物が生息しています、
夕暮れ時、散歩がてら
珍獣を観察しました。

”東京は台風が凄かったらしいから、
東京の実家のお父さんお母さんに電話したら”

と、宿の前の売店の女性の方に助言されました。
テレビで観た東京の台風の映像が衝撃的だったようです。
親戚や子供が東京ににすんでいる彼女にとって
東京はただの首都ではないような気がします。

”東京って何だろうね”とぼやいてもいました。

実家に電話はしていません。
でも
先ほど父からメールがありました。


東京の家に梅干が届いたそうです。
梅干の送り主はS君。
S君はアルテの前で干からびていた、
見知らぬ行き倒れのバックパッカー風のデザイン科の美大生。

彼は旅先で世話になった人におばあちゃんの梅干をおくるんだそうです。
無事に帰宅できたようでよかったです。

猛暑が過ぎて寝心地が良く
リフレッシュ。

絵の制作に重心を移してみてはどうか
、という慈悲深い許可が下りました、

早速ずっと中断していた途中の画面を引き伸ばしました。
あと一ヶ月の制作期間。

そう考えると時間はたっぷり。

島の人たちと
人間関係が出来つつあるのを楽しんでいる今日この頃。


柴田  

2010年09月11日

柴田智明



柴田智明・・高島昭夫作業所

日本画 1981年東京国立生まれ。
武蔵野美術大学造形学部日本画科卒業
本島滞在中は、自生する竹から紙を作る試みを中心に行い、地域のお年寄りに、ほぼ毎日のように手作り野菜や魚などの差し入れを受ける。その交流を墨絵で描いた。竹紙製品は笠島の新しいお土産物となる可能性を開いた。次年度以降も期待したい。
鳥獣戯画、北斎漫画を彷彿とさせる自由な画風を持ち味として、生き物や旅の途上で出会った人々を描く。 

(1981~) 教育
2001-2005 武蔵野美術大学造形学部日本画科 個展・グループ展
2003 個展 ,ココア堂,東京
2005 ゲイサイ#8 2005 個展,くわはら,東京.
2/2006 個展パート 1,ギャラリ- Q,東京
6/2006 個展パート 2,ギャラリ- Q,東京
8/2006 京都国際インパクトアートフェスティバル
11/2006 個展”一泊二日”展,直島
12/2006 グループ展”ラストスパート”ギャラリー Q.
2/2007 個展,アートスペース羅針盤,東京
2/2007 個展,ギャラリ- Q,東京
2/2008 個展,ギャラリ- Q,東京
8/2008 グループ展,菅 盾彦大賞展,大阪タカシマヤ,大阪
2/2009 個展"富井ゲレ郎が語るP.Y.T"展 アートスペース 88,東京
9/2009 "クロスカレント 2nd"日米作家交流展,東京都美術館,
マキイマサルファインアーツ..東京 
LAアートコアギャラリー...ロサンゼルス,カリフォルニア
3/2010 個展,ギャラリ- Q,東京
3/2010 グループ展"東京ワンダーシード"展,東京
4/2010 グループ展"新しい墨の可能性"展,アートスペース羅針盤,東京
7/2010 アーティストインレジデンス"塩飽本島晴れに耕す。~そしてアート"  

  


2010年09月11日

山田健二


山田健二・・真木(まき)邸

写真は梅谷・山田・高島包さん

山田 健二 
美術作家 1983年東京生まれ、新潟、青海町育ち 多くの故郷をもつ彼は、故郷を巡り、その場所へのアプローチすることから彼の制作をはじめた。彼の仕事は常に自宅の無い土地で行われてきた。以来、彼の仕事は祭祀や組織の準備に棲み、そこに潜在する作為や動機を編集することで彼の作品を成り立たせている。 雪や地形、民俗知をテーマにしたインスタレーション、建築物、庭、写真などの表現で知られる。東京を拠点に活動。

個展/プロジェクト

2009 Frozen Murmur, Stiching Kaus Australis, ロッテルダム, オランダ
2008無題, ロッテルダム, オランダ
2007 Booking Void Inn AKIYAMAGOU,長野県, 下水内郡, 秋山郷, 鳥甲山
2003 Booking Void Inn, Mt. Amamizu, Niigata, Japan 2002 Untitled, Nechi, Niigata, Japan
2001 Snow-road, Oumi-city, Niigata, Japan

グループ展/プロジェクト
2010 “3331 シークレットオークション”, 3331 Arts Chiyoda, 東京
2009 “越後妻有アートトリエンナーレ2009”,新潟県, 十日町市, 松之山, 大厳寺高原
2009 “RAIR#1”, WDW63/ロッテルダム, オランダ 2008 “Project the Projectors
2008”, BankART NYK/横浜,
2007 “Earth Work International
2007”, ヒルサイドプラザホール/東京
2006 “Art path 2006”, 東京芸術大学/茨城県, 取手市

参考文献
坂井, 基樹“Booking Void Inn MATSUNOYAMA”, 越後妻有アートトリエンナーレ2009 - 公式カタログ,
3月, 2010 永峰, 美佳, “越後妻有アートトリエンナーレ2009 - 注目の作品ピックアップ”, BT(美術手帳),
9月, 2009, pp.98-109 大下, 健太郎, “松之山エリア作品特集”, 越後妻有アートトリエンナーレ2009 - 公式ガイドブック,
8月, 2010 レクチャー/プレゼンテーション 2010“KAWAMATA Prize 記念トーク”, パネルディスカッション, BankART NYK, 横浜 2009“RAIR#1”, アーティストトーク/プレゼンテーション, WDW63, ロッテルダム, オランダ 2008“MONKEYS on the WATER”, アーティストトーク, Duende, ロッテルダム, オランダ

賞歴/学歴
2009 Stiching Kaus Australis Residency, ロッテルダム, オランダ
2008 野村国際文化財団 芸術文化助成, 東京
2008 KAWAMATA Prize, 横浜
2008 東京芸術大学, 先端芸術表現科, 学位取得
  


2010年09月11日

松宮硝子


松宮硝子・・高島八重美邸

1981 東京生東京在住
2007 東京造形大学大学院 美術研究領域 修了  

私の制作は、無機質なもの、生きてはいないガラスから“Duquheapuer(結晶)”と呼ばれる生物をとりだし、
形作ること。そしてそれを調査、研究ることである。より多くのガラス達からDuquheapuerを見つけだし、
ジオラマや標本として正しい形にすることである。

Duquheapuerとは死など負のエネルギーに反応し、活動する存在である。
他の生き物の生命エネルギーが強い場所ではDuquheapuerの必要とするエネルギーが消されてしまうため生きてはいけない。故に廃墟や生き物の極少ない空間を好む。彼らは死亡するとガラスとなる。私はガラスを割ってその
かけらを集めて分類しながら彼らの生前の姿をジオラマとして再現する。
そして観察して彼らの生態を記録してゆくのである。

Duquheapuerは生物学上では生物と認定されていない。しかしそのラインとは曖昧であり、常に時代によって変動
する物である。

もし見方の法則や基準を変えたならいまとはまったく違った生物と無生物のラインがつくられるだろう。
もしくはそのラインすらないかもしれない。Duquheapuerという存在を通して生物とは何かについて問いかけている。

この問いをわざわざ美術で考える理由。それは、芸術はそれらの問いを知識や情報ではなく体感として感じさせ考えさせることが出来ると信じているからである。。 ワークショップ私は人からもらったガラスからもDuquheapuerの標本をつくっている。それは「すべてのガラスにはDuquheapuerが眠っている。」という考えだからである。私はそれらの標本を観察して種類や生態などをデータとしてまとめていく。終わった後、標本は分類を示した標本カードと共にガラスの元の持ち主に渡す。わたしの元にはDuquheapuerについてのデータがのこり、色々な場所にDuquheapuerの標本が広がっていくのである。

主な個展

2009 4 “Duquheapuer ecology” 水戸芸術館現代美術ギャラリー第九室
2007-8 "Study room of Duquheapuer", BankART studio NYK, 横浜
2006-5 "Museum of Duquheapuer" , ZOKEI gallery, 東京
2004 "hatch out ? spread ? " , node, 東京


  


2010年09月10日

レジデンス成果発表の展覧会

会期 10月10日-11月28日
    オープニングレセプション 10月10日 午後12時より
    作家との交流会・ふれあい祭り 11月23日 9時より

会場 丸亀市本島町笠島国の重要伝統的建造物群保存地区





  


2010年09月06日

壇の上棟式



今回は伝建地区の真木邸の部屋に地鎮の儀礼を呈したインスタレーションと、もう一室はプロジェクトルームとして公開する。3日に儀礼の為の壇の骨組みが完成し、スタッフのマキさんのアイディアでギャラリースタッフ・作家・近隣の人々と壇の上棟式を行った。一同餅を投げ合う。棟梁は誰ということはない、ダルな儀式がひと時の間続いた。入道雲が四方に起って見える。夏がこれで終わると、今年は何度も思った。
  
タグ :山田健二


2010年09月01日

大木裕之~本島入り

映像作家 大木裕之さんが、昨日突然最終便(丸亀発20:00)で

本島入り。

本日9月1日。

レジデンス作家の滞在 58日目

作品づくり佳境。

9月末まで柴田さん、山田さん 滞在延長。

10月10日より展覧会が始まる。  


2010年08月28日

竹紙づくり

笠島のアルテの周囲は、終日風がふきわたり、とても心地よいこの頃です。

特に東小路は、風が吹き抜けています。猫も涼しいのか、寝転んでまどろんでいます。

*サポーターとして参加していた佐藤佳紀君が

自動車免許を取得するため、卒業制作のため、25日本島を離れました。

再び島を訪ねてくるのは、展覧会開始の10月10日ごろでしょう。

毎朝早朝、畑づくりの開墾作業、紙づくりの下準備など 裏方の仕事を

もくもくとしていた姿が思い出されます。お疲れ様でした。

夏の暑い2ヶ月間、ご苦労さまでしたね。ありがとうございました。

おかげさまで、毎日次々に竹紙が生まれています。

*瀬戸内国際に人出が多いためか、「静かな島に来たかった」と

本島の笠島地区を訪ねてくださる方の訪問が続いています。

そして、竹紙作りをご覧になって、手伝ってくださる助っ人も

*宿舎の小崎邸の持ち主の方が、

「暑い中、作品づくりも大変でしょう。予定では9月初旬までの

賃貸契約でしたが、11月の展示が終わるまで、いろいろと滞在する

ところが必要でしょうから、そのまま使ってくださっていいですよ。

綺麗に使ってくださって、ありがとう。」と昨日ご連絡を頂きました。

作家たちも9月末まで滞在したいと話していたので、

とても喜んでいます。島の人々も立ち寄っては、いろいろ手伝ってくださいます。

夏野菜や魚介類の差し入れも続いています。

本当にありがたいです。いい作品展開で恩返しします。

作家たちも数年かけて育てて行く作品展開を図っています。

親しくなって島のお年よりも、こういった関りを喜んでくださいます。






  


2010年08月21日

Webページのお知らせ

食とアートのプロジェクト Web

http://www7b.biglobe.ne.jp/~shiwaku/katsudo.htm

活動の様子。画像もUpしました。
  

2010年08月20日

制作スタッフの募集

笠島のレジデンシーに滞在中の山田 健二です。作品の制作サポートスタッフを募集しています。伝統建築・建築・ランドスケープ・作庭などに興味のある方、奮ってご応募下さい。条件・概要以下です。よろしくお願い致します。

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展覧会タイトル:食とアートのプロジェクト 塩飽本島 『晴れに耕す。そしてアート 』

主催:財団法人福武学術振興財団

共催:丸亀市教育委員会

後援:丸亀市

会期:10月10日~11月28日

作品概要:本島笠島地区という香川県唯一の伝統的建築物群保存地区の邸宅の庭園化プロジェクト。家屋は倒壊も進み植物と一体化している状態でその家屋そのものを一つの樹木に見立て、庭園を敷地一体に制作する構想。今回はプラン展示を別の家屋(真木邸)の中で模型やインスタレーションを展示する。

作業内容:模型制作、インスタレーション制作

制作時期:8月25日~9月30日(可能な日程で要相談)

その他の条件:宿舎あり(大倉邸)(無料)キッチン、トイレ有り、風呂のみギャラリーで使用
食費のみ人数でシェア
交通費支給無し
  
タグ :山田健二


2010年08月20日

地域にとって本当に必要なもの

アーティストたちの笠島滞在50日が経過した。

彼らは。只今ここに暮らす人として、地域の環境、人々と様々なものを交感している。

佐藤佳紀さんは、毎朝早朝6時くらいから、畑の開墾。

柴田智明さんは、竹紙の試作品をいくつか作り始めた。地域の人々から竹を煮るためのマキを提供されたり、

竹紙を煮る鍋やカマドを貸していただいたり。煮た竹を漉くための、オケを用意してもらったり・・・。

また、将来工房として使用できるかもしれない建物の提供を申し出ていただいたり。

日本画家である柴田君は、描き手として笠島を訪れたのだが、私は、支持体づくりから

はじめるよう要請した。7月一月彼は、悩み、模索し、逃避していた。

島の人々や、彼の友人たちが、応援し、激励し、作業を手伝ってくれ、ようやく白い紙が生まれつつある。

 山田健二さんは、伝建地区という土地の成り立ち、抱える問題、克服しなければんばならない課題を

浮き彫りにするかのような作品展開を行っている。

彼らは、いつかは、ここを離れて行く人でありながら、この地域にとって、

彼らにとって、かけがえのない唯一の時を交感している。

9月、松宮硝子さんの滞在活動が始まる。男性作家たちは、9月中旬まで滞在か?

そして、成果としての展覧会は、10月10日から始まる。いくつかの建物や屋外を

会場として。協賛作家たちの活躍も期待したい。

 作品発表の場として伝建というものと向き合ってもらいたいということが条件となる。

全国87ある伝建地区の多くが、高齢化という問題に直面している。

丸亀市にある塩飽本島町笠島は、香川県で唯一の重要伝統的建造物群保存地区(じゅうようでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)である。

重要伝統的建造物群保存地区とは、市町村が条例等により決定した

「伝統的建造物群保存地区」のうち日本の文化財保護法第144条の規定に基づき、

特に価値が高いものとして国(文部科学大臣)が選定したものを指す地域だ。

文化財保護法で言う「伝統的建造物群」とは、

城下町・宿場町・門前町・寺内町・港町・農村・漁村などの周囲の環境と

一体をなして歴史的風致を形成している伝統的建造物群を指す。

この制度は、文化財としての建造物を「点」(単体)ではなく「面」(群)で保存しようとするもので、

保存地区内では社寺・民家・蔵などの建築物はむろん、

門・土塀・石垣・水路・墓などの「工作物」、庭園・生垣・樹木などの

「環境物件」を特定し保存措置を図ることとされている。

 注目すべきは、重伝建に選定される伝統的建造物群の中の道路形態は、

自動車交通に対応していないところが多い。
これはインフラ整備などによる開発から取り残されたり

元々交通の不便な島嶼や山間部にある集落で産業が衰退したことなどにより

結果的に伝統的な建造物が残ったところが多いためであるが


重伝建選定時の伝統的建造物と都市計画決定済みの道路との関係や

観光客の増加に伴う自動車交通への対応などが課題になることが多い。

また重伝建の選定は建造物の増改築などに制約が掛かったり、

増加した観光客のマナー問題(騒音、ごみ、交通渋滞など)などによって

そこで生活する住民にとってマイナス要素となることがある。

 私は、伝建地区では、観光の質がとても重要なポイントとなると感じている。

そのためには、多くの観光客を誘致して、地域の活性化を図るのではなく

今回のAIR活動のような、数名が暮らしをともにし、地域に根ざしたアクションを通して

地域の住民に改めて歴史的な環境を保存し次世代へつなごうとする意欲を喚起することに

よって、初めて地域の活性化を図ることになるのだと切に考えている。

徳島の神山町AIRは、その成果が育っていると思う。本島ではあまりにも高齢化している今

AIR活動の内容・その価値について、理解不能という反応は想定内のことであって、

これは、数年継続して初めて地域の人々にも共感を持って共有できるものだと

覚悟している。

 只今、本島では島の人々の手によって「咸臨丸150周年記念事業」の計画が

すすめられている。アルテも協賛として、咸臨丸ランチなるものを開発した。

しかし、今の本島にとって、観光客誘致だけの観光振興は、本当の地域の活性化には

ならないということが、共有できていない。過去、瀬戸大橋観光ブームも一過性のもので

あったことは、記憶に新しいはずだが、方策がみつからないまま、観光振興を進める

行政側に深慮と思想の深さ、志を求めたい。






  


2010年08月18日

本島の時間

マケットなど制作している.
16日に友人の建築家・遠藤幹子さんと娘の編ちゃんが来廊し、祭りや海などを満喫し帰って行った.作家、スタッフ一同盆踊りの筋肉痛と猛暑にやられてしまっている.
お盆前は皆多忙で、今日から制作前にやりのこした聞き取りの約束がたまっている.作品が色々な人々の時間や経験の中に飛び込んでゆく、そんな瞬間なのかもしれない.  
タグ :山田健二


2010年08月04日

遅々と進む計画

市役所の文化課文化財保護担当の冨田さんにギャラリーまでご足労頂き打合せをした.
図面等を見ながらプランを中心に話をした.使用することから生まれる保存学、島外移住者の家屋への思いなどを話す.
中世の家屋を保つためには中世の生活もしなければならないという意見もあるが、皆いろいろと折り合いをつけながら生活しているとのこと.
観光地化し店などが入る伝建地区もあるそうだが、そうなってはいないここ(笠島)は心地よく思える.

家主さんとの交渉をどう進めるかについて悶々としながら話を終え、庭の配置を相談されていた中西さん邸に皆で繰り出した.  
タグ :山田


2010年08月03日

塩飽大工の末裔

作品の構想がまとまりつつある. 資材などの相談に元大工の高島昭夫氏を訪ねると.
'絵がないとわからんなァ'と一旦出直しに. 無性に試されている気になり即座にドローイングを仕上げる.
現場写真を印刷し束にした.
現役時代の棟梁も今は笠島地区の自治会長の勤めに忙しい. 今日はカブで皆のお宅にアンケートを配っていた.
仮住まいの小崎邸にも当然のように現れて、そのままプレゼンティションに. 伝建地区での建築的な作品は先ず市の文化課に通すのが筋とのこと. プランの模型などにも予算がつくのだそうだが、時間もあまりない.
生木などで低予算の方向なのだが、木を切れる場所の話まではできなかった.

棟梁のプランに対する反応は以外にもかなり良く. 試されていた弟子の気分もどこかへ.  
タグ :山田健二


2010年08月03日

渡本島の初夏

本島のアーティスト・イン・レジデンシーに7月から滞在している 山田 健二です.
きょうまでを島での生活や交流に惜しまずに過ごした. 明日は歓迎のパーティーがある.
こんなにも人に関ることに不思議はない、土地に入るはじめのリズムや儀式や職癖なのかもしれないし、何よりも興味があった.
土地や人々の時間や作為が瘁じて、編集され作品になっているという事も多い. それを受けとるということも本当は途方もなく膨大なのだけど.

それが好きなのだろう.
(7/16の下書きより)  
タグ :山田健二


2010年08月03日

竹紙づくり雑記

紙と筆、ペンは
現代の人間が社会に出るべく
成長する基盤。
要は読み書きです。
書いて、描いて情報を現し、
産業や歴史、芸術、文化を作ってきました。
そして古来から日本人は竹の細工に強かった・・ような気がする。


竹紙つくりに竹を擂る。ごーりごーりと。
産業革命の流れで、パルプの大量生産の紙が他をほぼ淘汰しました。
パルプ紙は見方によればブラックバスです。

創作活動は、淘汰の歴史をバックし、スイッチしてターンします。
ファシズム的に(?)淘汰され滅び去ってしまった可能性を掘り出す活動です。

要は賛成の反対です。

手で擂ってます。
だから、遅い。
クライアントも不安んな様子。

効率がよさそうな方法、
繊維をなめし棒(?)で叩いてだしなさい、
というようなメッセージが・・。
そりゃそうだ。賛成です。
その方向で動こうと思いますべ。


ところで擂り途中の紐束状の竹から
おもちゃの筆が出来ました。
明日には飽きるかもしれませんが
擂り器で擂りやすいよう、
棒状に編んで固めようと思った瞬感に
ひらめいて穂先部分だけ擂って残り部分を棒状にしました。
穂先のカタチを整えたらかなり使えそうな筆が・・・できた。
白玉面相筆のようにコシがない分、同じく白玉と同じように
よく水を含み、ながーい極細線がひけます・・
そんな気がする。明日以降、試しに使ったら実は駄目駄目だったりね。
ちなみに白玉面相筆は猫の毛から出来ています。
竹と猫を取り違えないように気をつけたいです。

柴田

  

2010年08月02日

猫スポット そして

甲生地区は変った猫が多い。


キーワード:衛星管理ちゃんとしないと食中毒になりますよ。


柴田